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    「さあ、殺せ。――うむ、え、さあ。――え、え」

    「おーい。渡つてもいゝかね」

    道平はまるで大きな輪がゆつくり廻つていて、その一点の結び目が眼の前に現はれたときにやつと口を開くかのやうであつた。

    温泉宿へ一旦いったん踏み込んだ以上、客もすぐには帰らない。宿屋の方でも直すぐには帰らないものと認めているから、双方ともに落着いた心持で、そこにおのずから暢のびやかな気分が作られていた。

    と手早く切り上げて、堂本の家を出た。

    だが、その間にも土手の押問答はつゞけられた。

    「去年はなかつたんですよ。何でも博労ばくらう同士のうちわ揉もめがあつたとかでね」

    「しかしお松の生んだ子はほんとうに半之丞の子だったんですか?」

    「あなたは御存知ないんですかね」

    さう、とりとめもない感慨にふけつていた房一は、ふと、坂路のずつと上の方でごく小さいピカリと光るものを感じた。自転車で誰かが降りて来るのであつた。それはかなりな速さで茂みの間に現れ、又見えなくなり、やがてまつすぐに見通しのきく曲り角のところに、はつきりと大きく現はれた。銀鼠色のかなりにいゝ品らしいソフト帽が見えた。その下に光る眼鏡、面長な白い顔、ペタルの上で、ブレーキを踏んでいるチョコレート色の短靴。――

    「ひどい傷だねえ!」

    さう云つたのは庄谷だつた。房一がその方をふり向いた時、庄谷の白味がちな小さな眼が意味ありげに更に細くなつたところだつた。そのまゝにやりとして、

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