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    とにかく、それは遠い向ふで起つていることだつた。対岸の火事を見物するやうなものだつた。

    盛子のお腹では、もう胎動がはじまつていた。

    「どうもおれは、身近かな者だと平気で診られないんだね」

    「あゝ、えらかつたなあ」

    練吉の切れの長い目は片時もぱちぱちをやめなかつた。その度に、せきこむやうなどこか菓子をせがむときに子供の駄々をこねるのを思はせる調子の声が、もつれ気味につづいて出た。その青いと云ふよりは冷たさを感じさせる色白な額には、やはり上気したやうな紅味が浮んでいた。

    房一は向ふへ行きかけた。徳次はさつきから云はうとしてまだ云ひ出せずにいることがあつた。それに何と呼びかけていゝかも判らない。房一の姿は段々遠のく。突然、徳次は散々思ひ屈した後に出るあの大胆さで大声に叫んだ。

    看護婦がそつと上つて来た。

    房一は面喰つて、ぽかんと口を開けた。

    盛子は風呂場の入口で上はずつた声を出した。

    右手の台所の方ではしきりと物音がしていた。道平より先に朝早くから手つだひに来ている房一の義母と、まだ結婚して間もない盛子とが土間を掃いたり戸棚を拭いたりしているのだつた。

    対診に来てくれた練吉のことを気にかけているのだつた。

    「ふむ、もうよろしい、よろしい」

    だが、このはてしのない遠慮深さは気持の悪いものではなかつた。

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