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徳次はさきほど今泉が姿を現したずつと先の稍持上つて見える路面の白い輝きの方を、今にもドイツ兵達がぞろぞろ群をなして出て来るかのやうに眺め、それから熱心に今泉の眼の中をのぞきこんだ。
間もなく千光寺の山門を出た房一は、殆ど人通りと云つてはない一本町の本通りを更に上手へと歩いて行つた。両側には軒の低い、一体どんな商売で暮しを立てているのか判らないやうな、古障子を閉めきつた家が並んでいた。その間々にちつぽけな、素人しろうとくさい塗り方をしたニス枠の飾窓に、すぐに数へられる位にばらつと安物の時計を並べた家や、埃の一杯かゝつている雑穀屋の店さきなどがはさまれていた。まつ昼間だと云ふのに、通りには殆ど人の気配がなかつた。或る家の前の土間では、犬が一匹、その犬は捲の尻つぽをくるりとさせたまゝ、腹を地につけて坐りこみ、いかにも興味がなささうな、誰か通るから見てやるんだぞ、と云ふやうな様子で房一を眺めていた。その少し先きの家の縁側では女の子が二人、くたくたに古くなつて、紅いつけ色の滲んだ布ぐるみの人形をいぢつていた。口を利かなかつた。たゞ肩さきを擦りつけて手さきを動かしているだけだ。それで、寝かされたり、起されたり、とれかかつた手をぶらんとさせたりする人形よりも、黙りこくつてそれをいぢつている女の子達の方が、この薄ぼんやりした通りに似合つて、もつと人形染みていた。
「わたくし儀ぎ、金がなければお前様まえさまとも夫婦になれず、お前様の腹の子の始末しまつも出来ず、うき世がいやになり候間そうろうあいだ、死んでしまいます。わたくしの死がいは「た」の字病院へ送り、(向うからとりに来てもらってもよろしく御座ござ候。)このけい約書とひきかえに二百円おもらい下され度たく、その金で「あ」の字の旦那だんな〔これはわたしの宿の主人です。〕のお金を使いこんだだけはまどう〔償つぐのう?〕ように頼み入り候。「あ」の字の旦那にはまことに、まことに面目めんぼくありません。のこりの金はみなお前様のものにして下され。一人旅うき世をあとに半之丞。〔これは辞世じせいでしょう。〕おまつどの。」
と、道平は云はれた通りに腰を下さうとして、椅子の円々とふくらんだ真新しい天鵞絨びろうどの輝きに目をとめると、しばらくまじまじと眺めていたが、もう腰をかけるのは止めてしまつた。やはりゆつくりした様子で立つている。
「いや」
日々は平凡に単調に過ぎて行つた。
生返事をしてそのまゝ登つて行く。
「ふむ、さうすると――」
「すみましたよ。さあ。何でもありませんなあ。ぢき起きられますよ。ごく軽いんですからね」
家の入口には二軒の百姓家が向い合って立っている。家の前庭はひろく砥石といしのように美しい。ダリヤや薔薇ばらが縁を飾っていて、舞台のように街道から築きあげられている。田舎には珍しいダリヤや薔薇だと思って眺めている人は、そこへこの家の娘が顔を出せばもう一度驚くにちがいない。グレートヘンである。評判の美人である。彼女は前庭の日なたで繭まゆをにながら、実際グレートヘンのように糸繰車を廻していることがある。そうかと思うと小舎ほどもある枯萱を「背負枠」で背負って山から帰って来ることもある。夜になると弟を連れて温泉へやって来る。すこやかな裸体。まるで希臘ギリシャの水瓶である。エマニュエル・ド・ファッリャをしてシャコンヌ舞曲を作らしめよ!
男はうむを云はせなかつた。
「この人はちっと眠むがってるでな……」
「何者かつて云ふが、そもそもこゝで半鐘をたたいたから集つて来たんだぜ」
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