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    入浴は快適だったが、あがる時が苦痛であった。越して来たのが冬だから、湯から上ると、ガタガタふるえる。とりわけ寒い日は、全身をふく余裕がなく、夢中で着物をひッかぶっていたりした。

    徳次はすつかり感心したとも、又その反対ともとれる云ひ方だつた。

    診察がすむと、房一は別の客座敷へ案内された。そこには、床柱の前にお寺さんに出すやうな厚ぽつたい綸子りんずの座蒲団だの、虎斑とらふの桑材で出来た煙草盆などが用意されてあつた。都会地では一時間もかゝらないやうな往診が、この田舎では小半日もつぶされてしまふ、そのくどいもてなしの習慣を知り抜いている房一は、無下むげにも断りかねてそのまゝ坐ると、間もなく和服に着換へた相沢が現れ、その後から銚子を持つた夫人が入つて来た。

    「それでは」

    「あいつももう仕かたがないのですよ。『青ペン』通いばかりしているのですから。」

    「射撃たつて、あれはクレーとかいふものを射つんでせう。わたしはね、他に何か的まとでもあるのかと思つたら、何のことはない、小さなカワラケの皿をね、かうひよつと機械仕掛けでとばしてね、――そいつを射つんでせう。なるほどうまい仕掛けにはちがひないが、見ているとあつけないもんですな。それに音だつてね、景気よくないんですよ。ボスツといふやうな音でね」

    「おう、これか」

    房一は、これは煩うるさい相手だなと思ひながら、わざとゆつくり構へていた。実は、さつき裏口から二人を見かけた時に、すでにぴんと感じていた。こんな風体の連中は河原町には他にない。それに、今しがた川岸で話に出たばかりの所だつたので、房一にはよけい強く頭に来た。

    済んでもまだ、彼の顔は何かしら当惑した、おつかなびつくりといつた表情を浮かべていた。それは何だか、嫌な仕事をさせられた子供のよくやるやうな表情だつた。突然、盛子は了解した。そして、笑ひ出した。――このいかつい、頑丈な、むくむくした房一の中には、こんなに気の弱い、やさしい、何だか可愛げなものがあるのだつた。それは全く、彼には不似合なものだつた。それだけに、可笑をかしみのある、又親しい――。

    「いや、挨拶まはりですよ。どうぞよろしく」

    相沢は満足さうに馬の首を叩きつゞけていた。房一は思はず微笑した。彼にはこの時の相沢がひどく愛嬌あるものとも見えたからである。けれども、房一自身の顔にさつきから現れているものも、ちやうど子供が好きな物を前にしたときに見せるあの熱心さと同じ表情だつた。

    「ぜひ、さういふことに」

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